5 第二次世界大戦

5 第二次世界大戦の結果

 1939年9月1日のドイツ軍によるポーランド侵攻で始まった第二次世界大戦は1945年8月15日の日本の降伏によって終わった。

 ヨーロッパで始まった第二次世界大戦は独ソ戦と太平洋戦争の開始によって文字通り世界大戦に拡大し、交戦国は連合国50カ国・枢軸国7カ国に及ぶ史上最大の戦争となった。

 第二次世界大戦も第一次世界大戦と同様に帝国主義戦争として始まり、独ソ戦の開始とともにファシズムに対する民主主義の戦い(反ファシズム戦争)という性格が強まったが、同時にファシズムの侵略と支配に対する諸民族の抵抗と解放の戦いでもあった。

 また第二次世界大戦は第一次世界大戦よりもはるかに大規模な総力戦となり、著しい技術の進歩によって航空機・機甲兵器・レーダーなどが果たす役割が決定的となり、まさに生産力と技術力の戦いとなった。そのため各国は大量の物資・人員を動員するために強力な国家権力で経済統制を行い、植民地・従属地域からも物資・人員を収奪した。

 大規模な総力戦であった第二次世界大戦は莫大な人的・物的損害を出した。第二次世界大戦の犠牲者は軍人と民間人を合わせると数千万人にのぼると言われている。

 主要国の死傷者数は日本646万人・ドイツ950万人・イギリス98万人・フランス75万人・アメリカ113万人・ソ連2060万人・ポーランド560万人・中国318万人といわれ、侵略されたソ連・ポーランド・中国で多く、早く降伏したフランスや直接戦場にならなかったイギリス・アメリカは他に比べて少なくなっている。また戦費は第一次世界大戦の約4倍・物的損害は約13倍にのぼるといわれている。

 連合国の中心をなした米・英・ソは早くから国際連合の設置など戦後の国際秩序を提案し、戦後処理問題について協議を重ねた。

 特に連合国の勝利に大きな役割を果たした米・ソ両大国は戦後の世界での指導的な地位を認められたが、大戦末期から戦後処理の問題をめぐって米・ソ両国の対立が強まり、戦後の冷戦の要因となった。その一方で第一次世界大戦によって低下したヨーロッパの地位はますます低下した。

 また第二次世界大戦はアジア諸民族の解放をもたらした。太平洋戦争中にアジア諸地域でおこった抵抗運動は第二次世界大戦の独立運動に発展し、諸民族の独立が実現した。  




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