4 19世紀のヨーロッパ文化

2 美術と音楽

 絵画では、18世紀末から19世紀初めにかけて格調高い・均整のとれた古典主義絵画が発達した。ナポレオンの首席宮廷画家を務めたダヴィド(1748〜1825)が代表的な画家で、「ナポレオンの戴冠式」や「サン=ベルナールを越えるナポレオン」などの作品はよく知られている。そして、代表作「泉」で知られるダヴィドの弟子アングル(1780〜1867)によって古典主義絵画が完成された。

 19世紀に入ると、古典主義に対する反動として、色彩による強い感情表現を求める情熱的・幻想的なロマン主義絵画が起こった。

 フランス=ロマン主義絵画の指導者ドラクロワ(1798〜1863)は、ギリシアの独立戦争に題材をとった「シオの虐殺」(1824)や七月革命の市街戦を描いた「民衆を率いる自由の女神」(1831)など強烈な色彩と動的な構図で劇的な場面を描いた。

 スペインの画家ゴヤ(1746〜1828)は、ロココ式の影響を受けながらも斬新な写実的な表現で「裸のマハ」などの肖像画に傑作を残した。またナポレオンのスペイン侵入に対する抵抗を題材とした「1808年5月3日の処刑」を描いた。

 写実主義や自然主義の流れは絵画にも及び、現実の自然や人間の生活をありのままに描写しようとする写実主義絵画や自然主義絵画が起こった。

 自然や農村の風景を多く描いた自然主義絵画ではフランスのコローやミレーらのバルビゾン派が中心となった。コロー(1796〜1875)はフランス風景画の代表的な画家とされ、ミレー(1814〜75)は農村の生活に深い共感を抱き、農民生活を題材とした風景画を描いたが「落穂拾い」・「晩鐘」は特に有名である。

 フランス写実主義絵画の代表的な画家としてはドーミエ(1808〜79)・クールベ(1819〜77)らがいるが、代表作「石割り」で知られるクールベはパリ=コミューンの委員にも選ばれている。

 19世紀後半のフランスで、光と影の色彩を主観的感覚でとらえて表現しようとする印象派が生まれ、マネ・モネ・ドガ・ルノワールらが活躍した。

 「草上の昼食」・「笛を吹く少年」などで知られるマネ(1832〜83)は、外光によって変化する光と色彩の表現を追求し、フランス印象派の創始者とされる。モネ(1840〜1926)は「色彩は光の変化で変化する」という理論と実践を展開し、晩年には「睡蓮」を好んで描いた。

 ドガ(1834〜1917)は、市井の風俗を題材として動作を瞬間的にとらえる独特の画風を確立し、「踊り子」などを描いた。またルノワール(1841〜1919)は情感あふれる色調で裸婦やバラを好んで描き、「色彩の魔術師」と呼ばれた。

 19世紀末には、光や色彩上の手法にとどまらず、主観的な表現を試みる後期印象派が盛んになり、20世紀の絵画にも影響を及ぼした。後期印象派の代表的な画家はセザンヌ・ゴーガン・ゴッホらである。

 フランスのセザンヌ(1839〜1906)は肖像画・風景画・静物画などに独自の画風を開き、近代絵画に大きな影響を与えた。またフランスのゴーガン(1848〜1903)は単純な形と原色を用いて独自の画風を追求し、原始と熱帯の自然に引かれて1891年以来タヒチ島に移住して「タヒチの女」などを描いた。

 オランダのゴッホ(1853〜90)は、パリに出て印象派や日本の浮世絵の影響を受け、強烈な色彩と線を特徴とする独自の画風を築いた。代表作には「ひまわり」や「糸杉」などがある。

 彫刻では、「考える人」や「カレーの市民」などで知られるフランスのロダン(1840〜1917)が鋭い写実で人間の内面性を追求し、近代彫刻を確立した。

 音楽では、18世紀末から19世紀初めにかけて、オーストリアの作曲家で「交響曲の父」と呼ばれるハイドン(1732〜1809)、オーストリアの作曲家で短い生涯に交響曲・室内楽・歌劇など600以上を作曲をした天才モーツァルト(1756〜91)、「英雄」・「運命」・「田園」・「合唱」など9つの交響曲をはじめ多くの名曲を書いたドイツのベートーベン(1770〜1827)らによって古典派音楽が完成された。

 19世紀前半には、個性や感情を表現するロマン派音楽が盛んとなった。代表的な作曲家としては、「未完成交響曲」や多くの歌曲を書いたオーストリアのシューベルト(1797〜1828)、標題音楽の「幻想交響曲」で有名なフランスのベルリオーズ(1803〜69)、ドイツの初期ロマン派の作曲家リスト(1811〜86)、「ピアノの詩人」と呼ばれたポーランドのショパン(1810〜49)、交響詩を創始し、また近代ピアノ奏法を確立したハンガリーのリスト(1811〜86)、楽劇の創始者ワーグナー(1813〜83)などがいる。

 19世紀中頃になると、民族的伝統を表現しようとする国民学派が現れ、ロシアではグリンカ(1804〜57)やムソルグスキー(1839〜81)が活躍し、アメリカのフォスター(1826〜64)は親しみやすい素朴な民謡的小歌曲を作曲した。

 またロシアのチャイコフスキー(1840〜93)は、西ヨーロッパのロマン派の技法やロシア国民学派の影響を受け、スラヴ的色彩の濃い交響曲第6番「悲愴」や序曲「1812年」・「スラヴ行進曲」など多くの名曲を残した。

 19世紀末には、フランスの作曲家ドビュッシー(1862〜1918)が印象派音楽を創始し、近代音楽に大きな影響を及ぼした。




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