4 19世紀のヨーロッパ文化

4 自然科学と技術

 19世紀は「科学の世紀」とも呼ばれる。18世紀までにほぼ基礎が出来あがっていた近代自然科学は、産業革命による工業の飛躍的な発展にともない、19世紀中頃からめざましく進歩した。

 物理学における「エネルギー保存の法則」の発見・生物学での進化論及び生物体の細胞説の確立は、19世紀における自然科学の三大業績と呼ばれている。

 エネルギー保存の法則は、ドイツの物理学者マイヤー(1814〜78)とヘルムホルツ(1821〜94)によって1847年に発見された。

 物理学の分野では、イギリスのファラデー(1791〜1867)が1831年に電磁誘導(モーターの原理)を発見し、電磁誘導の発展に貢献した。またドイツのレントゲン(1845〜1923)は1895年にX線を発見し、その功績によって第1回ノーベル物理学賞を受賞した(1901)。 フランスのキューリ夫妻(夫1859〜1906、妻1867〜1934、ポーランド生れ)は共同で放射線物質を研究し、1898年にラジウムを発見して原子核物理学の先駆となった。

 化学の分野では、ドイツのリービヒ(1803〜73)が有機化合物の元素分析法を改良し、有機化学の基礎を確立した。

 医学の分野では細菌学が著しく進歩し、フランスのパストゥール(1822〜95)は狂犬病予防接種に成功し、ドイツのコッホ(1843〜1910)は結核菌(1882)・コレラ菌(1883)を発見した。

 「科学の世紀」における最大の業績の一つはダーウィンの進化論である。進化論は自然科学の分野だけでなく、社会思想・文化一般に大きな反響を呼び起こした。

 イギリスのダーウィン(1809〜82)は1859年に『種の起源』を著し、生物は生存競争・自然淘汰によって適者のみが生存し・進化するという説を唱えた。進化論は、生物は神の創造物であると考える従来の人間観・自然観に大きな衝撃を与え、賛否両論の激しい論争を巻き起こした。特に教会は進化論は聖書の教えに反するとして激しく攻撃した。

 生物学の分野では進化論の他に、ドイツのシュライデン(1804〜81)とシュヴァン(1810〜82)が1838・1839年に生物体の基本単位は細胞であることを発見し、オーストリアのメンデル(1822〜84)は遺伝に関する「メンデルの法則」を発見した(1865)。

 自然科学の発達とともに新しい技術の開発も大いに進んだ。
 19世紀最大の成果は新しい電気エネルギーの利用で、電気は広い範囲で利用されて人間の生活を大きく変えた。

 電力が一番早く実用化されたのは通信の分野で、アメリカのモールス(1791〜1872)は1837年に電信機を発明した。またアメリカのベル(1847〜1922)は1876年に電話機を発明した。少し遅れて電灯が1879年にアメリカのエディソン(1847〜1931)によって発明された。発明王エディソンは電灯の他に蓄音機(1876)や映画(1893)なども発明した。イタリアのマルコーニ(1874〜1937)は1895年に無線電信を発明し、1901年には大西洋横断の交信に成功した。

 1879年にはドイツのジーメンス(1816〜92)が発電機を発明し、1870年代以後、電力は工場の動力源、交通・運輸機関の動力源としても利用されるようになり、19世紀末から20世紀初めには蒸気力の利用を圧倒するようになった。

 ドイツのディーゼル(1858〜1913)は1897年に従来の石炭ガスに代わって石油を燃料とする内燃機関、いわゆる「ディーゼル=エンジン」を発明し、ドイツのダイムラー(1834〜1900)は1883年に軽量のガソリン=エンジンを発明してまず二輪車次いで四輪車につけて動かすことに成功した。世界最初の自動車は時速18kmを出すことが出来た。

 化学工業も発展し、スウェーデンのノーベル(1833〜96)は1867年にダイナマイトを発明して巨富を成し、彼の遺産を基金として1901年にノーベル賞が設けられた。

 その他、人造ソーダ・人造繊維・人造染料なども19世紀末に発明された。




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