遺言に見る曹操の人柄

――天下はなお未だ安定していない。いまはふだんの時ではない。
したがって古来のしきたりにしたがうことはできない。
葬儀が終ったらみなただちに喪服を脱げ。兵をひきいて軍務に
服している者は、持場を離れてはならぬ。役人はおのおのその
職務をつづけよ。納棺には平服をもってし、金玉珍宝を
副葬してはならぬ。――


有名な曹操の遺言の一節です。
みなさんはこれを読んでどう思われますか?
カンザキは、とても曹操らしいと思いました。
ああほんとうに、曹操は最期まで現場のひとだったんだなあって
思いました。
生涯、戦いのなかにいたひとだったんだなあと。

1800年ほども昔の、しかもほとんど絶対的ともいえるくらいの
権力を持った人の遺言とは思えないくらい、現実的で筋が通っていて、
清々しい感じすら受けます。

でね。
この一節はもちろんとても曹操らしくて、
ああやっぱり、て思うのです。やっぱり、思ったとおり、
曹操ってこんな人だったんだ。ああ、わかるわかるって。
でもね。
わたしがもっと気になってしまうのは
この後に続くであろう、あるいは前に言ったであろう曹操の言葉です。


――のこった香は、夫人たちに分けて与えよ。
側室のなかで仕事のない者は、組み紐の飾りをつけた履の作り方
を習って、それを売って生計を立てよ。
私が官位を歴任して受けた印綬はすべて蔵のなかに保管せよ。
私ののこした衣服は別の蔵に収納せよ。それができなければ、
兄弟たちで形見分けをしてもよい。――


前述の一節と、ずいぶんな落差だと思いませんか?
主を失ったあとの官女たちの生活設計に心を労し、
履作りの職を身につけよと言い含めています。
なんてこまごまとしているんでしょう。
天下をほとんどその手中に収めた英雄が、そんなことをいちいち気にかけていた。

わたしは初めてこれを読んだとき、
すごく切なくて、くすぐったいような感じがして、愛おしくなってしまいました。
きっと曹操は、愛する官女たちのことを本当に心配して、
どんな職だったら彼女たちにもできるだろうと
一生懸命考えて探したんだと思います。

そして、履作りの職をみつけて、これならぴったりだと思って、
職人さんに今で言う職業訓練の手配までして、それでやっと
少し落ち着いたのではないでしょうか。

天下の事業を途半ばにして死んでゆく英雄が、最期にそんなことを
気にかけていた、という事実が、
なんだか意外なようで、こっけいなようで、
切なくなってしまいます。

そして、曹操という人が、ずっとずっと身近に感じられました。
ほんとうに、生きていたんだなあって思いました。

稀有壮大なくせに、どこかちまちまとした神経質さのある
こうした言葉は、人間臭くて可愛らしい
等身大の(小柄な(笑))曹操の姿を浮かび上がらせます。
そしてそこからは、自分のことばかりではなく、愛する
人のことを心から気にかけて、思いやっていたことが
読み取れるのです。

曹操って、決して悪いヤツではないでしょう?








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