3 信号 ユキトは、左手でスッとリモコンを差し向けると、テレビの電源を切った。画像全体が菱形に収縮するように消える。それを見てユキトは心持ち目を細めた。 リモコンを置き、椅子の背からジーパンを取って、坐ったままの姿勢で片足ずつ通す。慎重に立ち上がり、ウエストの金属ボタンを止め、ジッパーを上げる。ポケットの中布を押し込めて上手い具合に均し、ナップザックを軽く片方の肩にひっかけ、ユキトは外出した。 アスファルトがまだらに輝いている。高い空は、首筋から広がっている。信号。通り過ぎていく自動車。溜息のような地響き。道の凸凹にひっかかる。息を止 めて、くすぐったいような不快さから、右足を引き抜く。風が顔に当たる。排気ガスの甘い匂い。石の右足を支柱にして、世界がぐるりと回転する。 そこには時間が存在して、雲が流れている。 ユキトは少し哀しくなって、歩き出す。鋭角の光を目の端に感じながら、淡い地響きに身体を沈めていく。 バスとすれ違う。それはゆっくりと傾きながら右折し、減速して小さなバス停に止まる。埃が巻き上がる。カラフルな湿った色が店頭から溢れ出している、あれは本屋。雨除けのビニールが乾燥しきって粉を吹いている。自分に似た誰かが一心に立ち読みしている。一心に。 信号が赤になる。バスが遠ざかる。 黒い緑が、膝にしっくりと刺さる。黄色く変色したビニールが植え込みの隅にかさかさになって落ちている。電線の間の碧。明るい痛みがそこからはみ出し零れ落ちてくる。ユキトは瞬きをした。 青信号。横断歩道を渡る。 ビルのエッジが陽光を反射し、虹色の光がそこに留まっている。歩いても歩いてもそこに留まっている。ふいに、電信柱が目の前に出現する。とっさに手を付 く。コンクリートがヒンヤリと掌に心地良いので、つい肘まで付けてみる。吸い付くように冷たい。電信柱を迂回する。たったそれだけで、遠心力が生じる。 |