短歌行


酒にむかいてまさに歌うべし
人生いくばくぞ
たとえば朝露のごとし
去り行く日のはなはだ多し

慨して当に以て慷すべし
幽思忘れ難し
何を以て憂いを解かん
ただ杜康あるのみ

青青たるきみが衿
悠悠たる我が心
ただ君が為のゆえに
沈吟して今に至れり

ゆうゆうと鹿は鳴き
野の草を食む
我によき賓有らば
瑟を鼓し笙を吹かん

明明として月のごとし
何れの時にかひろうべし
憂いはこころより来る
絶つべくもなし

陌を越え阡を渡り
まげてもって相存す
杯かわし語り明かさん
心におもうは旧き契りぞ

月明らかに星稀に
烏鵲南に飛ぶ
樹をめぐること三たび
何れの枝に依るべきか

山は高きを厭わず
海は深きを厭わず
周公哺みしものを吐き
天下心を帰せん



□□意訳□□


酒を前にしたら大いに歌うべきだろう
人生なんてどれほどのもの
たとえれば朝露のように儚い
去って行く日ばかりがむなしく積み重なる

熱い気持ちのたかぶりは抑えることができない
つらい憂いは忘れることができない
どうやってこの胸の苦しみをやわらげればいい
ただうまい酒を飲むしかないではないか

清々しい君の青い衿を目に浮かべれば
私の心は広々と晴れ渡る
ただ君のためにこそ
私は静かに歌い続けてここまで来たのだ

ゆうゆうと鹿は鳴きながら
野の草を食べている
私によいお客があったなら
琴を奏で笙を吹いてもてなすのに

とても明るくてまるで月のようなあなた
いつの日に出会えるのだろう
その思いは勝手に私のなかから湧き上がって来るので
どうしても断ち切ることができない

たいへんな道のりを
はるばるやって来てくれたあなただから
杯をかわして共に語り明かしたいよ
あなたとの思い出が懐かしくて仕方ないのです

星が少ししか見えないほどに明るい月
かささぎは南に飛んで
樹の周りを三度めぐってみた
どの枝にとまればいいか迷ったから

山はいくら高くてもいい
海はいくら深くてもいい
むかし周公は食べていたものを吐き出してまでお客を迎え
天下の人はみな彼を慕ったというよ



ラスト二行は、周公が噛んでいたものを吐き出してまで来賓を迎えたという故事に由来しています。これは人材募集の楽府だそうですね。みんなーっオレんとこ に来ーい!もてなしちゃうぞー!!てな感じでしょうか。
山は高きを厭(いと)わず 海は深きを厭わず(山はいくら高くてもいい 海はいくら深くてもいい)というフレーズが大好きです。なんだか突き抜けた開放感がありませんか?
悩みや憂いは消えないけれど、それすらも楽しんでしまおうといったおおらかさがあって、曹操らしい。若々しい書生を想うくだりは、まるで恋の詩のようで す。
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