秋胡行・其の一


晨(あした)に上る散関の山
この道のけわしきことよ
晨に上る散関の山
この道のけわしきことよ
牛はたおれて起きず
車は谷間に堕ちぬ
盤石の上に巫して
五弦の琴をつまびかん
作り為すは清角の韻
意の中に迷い煩う
歌いて以て志を詠べん
晨に上る散関の山

いかなるおきなにおわしますや
ふと現われて我が傍らに立つ
いかなるおきなにおわしますや
ふと現われて我が傍らに立つ
袂をかかげ皮衣をはおり
つねの人にあらざるがごとし
我に謂う「きみなにゆえに
苦しみて自ら怨み
何を求めてさまよいつ
このあたりに到れるや」と
歌いて以て志を詠べん
いかなるおきなにおわしますや

「我は崑崙の山に居り
真人とひとは呼ぶ
我は崑崙の山に居り
真人とひとは呼ぶ
深き道理を究めんと
名山をめぐり観て
国のはてまで気ままに遊び
石に枕し 流れに漱ぎ 泉に飲みて
沈吟して決めざりしが
やがて高きみそらに上りぬ」
歌いて以て志を詠べん
我は崑崙の山に居り

去り去りて追いもならず
ひきとめんとて長く恨む
去り去りて追いもならず
ひきとめんとて長く恨む
夜ごと夜ごとに寐ねもやらず
くやみつつ自ら憐れむ
桓公正にしてあざむかず
うたいしものの依りて因る
駅より駅へ遠く馳せ
西の方より還るを思う
歌いて以て志を詠べん
去り去りて追いもならず



□□意訳□□


夜明けに聖なる山に登れば
何とけわしい道なのだろう
夜明けに聖なる山に登れば
何とけわしい道なのだろう
牛は倒れて起きあがれず
車は谷底に落ちてしまった
仕方がないので大きな石の上に座って
五弦の琴をつまびこう
奏でるのは美しい曲のしらべ
それでも心の中の迷いはどうしようもなくて……
私の思いを歌うからきいておくれ
夜明けに聖なる山に登れば

どちらのおじいさんですか?
いつの間にか私の横に立っていたあなた
どちらのおじいさんですか?
いつの間にか私の横に立っていたあなた
長い袖をたなびかせ皮衣をはおったあなたは
まるで普通の人間ではないみたいですね
そしてあなたは私に言った「君はいったいどうして
ひどく苦しんで自分自身を恨みながら
何をさがしてそんなにも彷徨って
こんな場所にまで来てしまったんだい」と……
私の思いを歌うからきいておくれ
どちらのおじいさんですか?

 「わしは崑崙の山に住んでいる
 仙人と人は呼ぶよ
わしは崑崙の山に住んでいる
 仙人と人は呼ぶよ

 深い神仙の道を極めようと
 名山をめぐり観て
はるかな国の果てまで気ままに遊んできた
石を枕とし 清らかな流れにすすぎ 泉の水を飲み
じっと思索にふけっていたが
 ついに天界へと昇り仙人になったのさ」……

私の思いを歌うからきいておくれ
「わしは崑崙の山に住んでいる」

あなたは去って追うこともできなかった
ひきとめられなかったことがいつまでも恨めしい
あなたは去って追うこともできなかった
ひきとめられなかったことがいつまでも恨めしい
夜な夜な眠ることすらできず
悔やんでも悔やみきれない自分自身を憐れんでみたり
けれど私は思い出すむかし桓公が正しい行いをして人を欺かず
ひとりで歌っていた賢人が傍に来てくれたことを
駅から駅へと遠く伝い馳せ
西の地より還った彼のことを考えよう……
私の思いを歌うからきいておくれ
あなたは去って追うこともできなかった



面白いのはこの詩が架空の物語だということ。聖山で仙人に出会った男(曹操自身)が、去ってしまった仙人に追いすがろうとするが見失い、夜も眠れないほど に悔やむ。そこで名君の桓公のことを思い、現世でやれるだけやろうと立ち直る。
『去り去りて……』の章は響きが美しく、とても叙情的です。ものすごい激しさを秘めてますよね。やっぱり恋の詩みたい。幻想的でドラマティックで、一幕の 戯曲のようではありませんか。
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