苦寒行
北のかた太行の山に上れば
苦しきかな何ぞ巍巍たる
羊腸のごとく坂は折れ曲り
車の輪は之が為に砕く
樹木の音は何ぞ蕭しき
北風の声はいまや悲し
熊と羆は我を見てうずくまり
虎と豹は路を挟みて啼く
渓谷に人影少なく
雪は霏々と降りしきる
頸を延ばして長く嘆息す
遠き旅は懐う所多し
我が心何ぞふさぎ鬱ぼるるや
一たび東に帰らんと思い欲うに
水深くして橋は落ち
路を半ばにしていまし徘徊す
迷い惑いてもとの路を失い
黄昏て宿り棲むところ無し
行き行きて日ましに遠く
人馬時を同じくして飢えたり
嚢を担いて行きて薪を取り
氷を割りて糜をたく
悲しきは彼の東山の詩
口ずさめば切なき思いこみあぐる
□□意訳□□
北の地にある太行の山に登るに
何とけわしく苦しいことだろう
羊腸のように坂は折れ曲り
車輪はそのせいで砕けてしまった
樹木の音はもの悲しく
北風は哭き声をあげて吹きすさぶ
熊とひぐまは私を見つけてうずくまり
虎と豹は路を挟んで鳴いている
渓谷に人影は少なく
雪は絶え間なく降りしきる
頸をのばして長く深い溜息をつく
遠い旅は様々な思いを呼び起こす
私の心はこんなにも鬱々とふさがれている
いっそ東に帰りたいと望んだとしても
川の水は深い上に橋は壊れている
そしてついに道半ばで本当に迷ったことに気がついた
どうしていいかわからずもとの路すら見失って
日が暮れるというのに泊まる宿もありはしない
行けども行けども同じ景色いたずらに日々だけが過ぎ
人も馬も同時に飢えてしまった
ふくろを担いで薪をとってきて
氷を切り出して粥を作ってみた
むかしの人が詠んだ悲しい東山の詩を思い出し
口ずさむどうしようもない切なさがこみあげるばかりだ
どーしたんだ曹操! 元気出せ! と思わず元気づけたくなるこの作品は、北方に遠征して太行山を越えた時のものと考えられています。 うーん、辛そ うですねえ。曹操が弱音を吐く時はこのくらい切々と吐く。大将がこんなこといって士気が下がるとか考えないのかしら? そこが曹操の詩を信じられるとこ ろ。嘘がなく実感がこもってる。言葉ひとつひとつが際立って実に美しい詩ですね。身を切るような空気の冷たさまで伝わってくるようです。
戻る